2009年1月11日

新連載「どこへ行く 高知の教育」 @持ち込まれる知事のトップダウン
緊急プランを公表する尾崎知事(2008年7月1日)
「私も正直なところ非常にショックだったのですけれども…。2x+3y=9をYについて解きなさいという問題が4人に1人の生徒が無回答。実はこの問題だけでなく、8−5×(−6)。この問題も解けていない子どもがかなりの数おりました」。

昨年2月15日の記者会見で尾崎正直知事は語気を強め、高知県が全国学力テストで最下位ランクにあることについてこう述べ,ました。「子供がかわいそうだ」。

今年42歳になる尾崎知事は2人の男児の父親でもあり、子育て真っ最中の世代として、実感をもって教育問題をとらえていることが言葉の端々から伺われます。尾崎県政の下で高知県の教育は、どこへ向かおうとしているのか。尾崎県政の1年間を教育面から振り返ります。

フライング

尾崎知事の教育問題への熱意は前述の昨年2月の会見だけにとどまりません。県議会では教育問題の質問への答弁は熱を帯び声量が数段高くなります。また教育問題をテーマにした会合の席上で、同席している県教育長を自ら「私に言わせてください」と制し、知事が長く話をするようなシーンが何度も見かけられました。

昨年7月1日の記者会見で尾崎知事は、今後4年間で全国学テの高知県の平均点を最下位クラスから全国平均並みに引き上げ、@学校・学級、A教員指導力、B放課後、C心の教育、D幼児教育の5本柱の改革を進める、という内容の「緊急プラン」の骨子をテレビカメラの前で、カラー刷りの印刷物をかかげながら詳細に説明しました。

しかし、この「緊急プラン」を正式に議決する県教育委員会は7月3日に開かれる予定。知事が会見で説明した時点で議決は経ておらず、内容の修正もありうる段階でした。

事実、7月3日の県教育委員会では、学テの平均点を上げることを目標の前面に出すことをためらう意見が出され、議論を経た結果、表現を一部修正して議決されています。このような教育内容にかかわる極めてデリケートな目標を掲げた計画を、教育委員会が決定する前に、政治家である知事が、すでに会見の場で先行して公表したことは、「首長からの独立」を原則とする教育委員会制度の根幹を侵しかねないフライング。県教委事務局内からも「順番が逆だ」という声が少なからず聞かれました。

この問題に象徴されるように、尾崎知事の教育問題へのアプローチには、その熱さ故、強力なトップダウン、議論が拙速・乱暴になる傾向が垣間見え、現場からの議論の積み重ねを大切にしてきた前県政の「土佐の教育改革」の流れとは方向性が異なってきています。

尾ア知事は「決して有名大学への進学率を上げるとか、そのようなことを申し上げているわけではない」とも繰り返し述べ、授業をすべての生徒に理解できるようにするのは大人の責務であるという、当然のことを強調しています。

しかし、教育は人を育てる営みであり、数式に数値を代入するように結果がすぐに出るものではありません。県民にも「学力」のとらえかたには多様な意見があり、学力の一断面でしかない「学テ」の結果に一喜一憂して性急に「結果」を求めるのではなく、児童生徒に教師がじっくり向き合える環境をつくることこそが教育行政の最も重要な役割だという現場の声も根強いものがあります。

であるからこそ「土佐の教育改革」で築いた成果を生かす方向での県民的な議論が大事になってきていますが、現実に進行しているのは知事主導の拙速ともいえるトップダウン。「土佐の教育改革」の到達点を掘り崩す、重大な変質が高知県の教育で始まろうとしているように感じられました。(中田宏)

2009年1月11日 高知民報