2006年5月14日

連載 記者クラブを考える
A市民の目線で特権返上を

  県政記者室用駐車場 常駐していないのに駐車場だけ利用している者もいる

そもそも記者クラブとは何でしょうか。全国紙、地方紙、通信社、放送局でつくる日本新聞協会の「見解」(2006年3月に発表)では、情報を出し渋る公権力に報道各社が一致して迫ることにより情報開示させてきた歴史があるとされ、公的機関が記者クラブに記者室を提供することは国民の「知る権利」に応えるための責任であると位置づけています。

国会や国省庁をはじめ全国の自治体、警察、裁判所、大企業など全国の至る所に記者クラブは存在しており、長野県庁や鎌倉市などを除けば記者クラブと記者室はイコールで、特定の報道機関がスペースを独占している実態があります。
 
現実とのギャップ

日本新聞協会の「見解」は、記者クラブの理念を強調したものになっていますが、現実とは相当なギャップがあります。高知県庁の例で言えば、「県業務としての広報のためにいてもらっている」というのが県の認識。つまり「投げ込み」を報じさせるため、記者室を与えて便宜を図っているだけであり、取材の拠点保障としての位置付けは稀薄です。

「見解」が述べるように記者室が国民の「知る権利」に応えるための拠点であるならば、記者クラブ加盟社だけがスペースを独占し続けることは筋が通りません。「知る権利」に応えるために報道しているのは記者クラブ加盟社だけではないのは当然であり、広く他メディアにも開かれていなければならないからです。

何故今日までこのような不透明な状態が温存されてきたのでしょうか。行政機関が住民に情報を周知させたい時に、マスコミに報じてもらうしか有効な手だてはないことから、特定の報道機関を近くにまとめておいたほうが便利で効率的。コントロールしやすくなります。また報道機関側は、記者クラブ=記者室に座っているだけで独占的に情報が流されてくるので、ニュースに困りません。しかも各社同時に情報を受けとる他社に遅れをとらない『護送船団方式』。記者の日常は「投げ込み」をリライトして記事化する作業が大きなウェイトを占めています。

今でも記者室のスペース賃料も光熱費もタダ。最近は見直されつつあるとはいえ、最近まで記者の世話をするための県職員も配置していました。「以前は新採の女子職員を座らせ記者のタバコを毎日買いにいかせていた。県職員として採用されたのに何でこんなことをと思った(中堅女子職員)」。

記者クラブがあることにより、本来報道機関自らが負担しなければならないはずの費用が大幅に節約できます。このような実態をメディア自身が書くはずもなく、誰からも批判されない中で、行政と報道機関のもたれ合いが長期に続いてきた結果、互いに依存する体質が染みついてしまい、おかしいという感覚が麻痺していた状況があります。

県職員の福利厚生や給与などの「厚遇」を声高に批判してきた報道機関が、自らの特権については目をつぶるダブルスタンダードでは説得力に欠けます。「発表ものばかりで、どの新聞も書いていることは同じ」、「当局との緊張感に欠け、都合の悪いことは書かない」という批判、記者クラブ制度こそが日本の報道を悪くしている元凶という意見も根強くあります。

日本新聞協会の「見解」では、記者室を記者クラブが独占する理由はない、費用負担をすべきだという当然の改革方針が打ち出されていますが、現場の実態とは大きく乖離しています。各報道機関は記者クラブの実態をよく吟味し、市民の納得を得られるよう自ら脱皮すべき時にきています。