2011年4月3日

コラムアンテナ 「新図書館構想の後味の悪さ」

第8回新図書館基本構想検討委員会(3月26日)
昨年10月末から超特急で走り続け、年度末にバタバタと駆けこんだ新図書館基本構想検討委員会の最終会合が3月26日に開かれた。

すでに県議会、高知市議会では追手前小学校跡地での県・高知市合築図書館を前提にした関連予算が可決している後だけに、消化試合とでもいう空虚さは否め
ない。

審議を委員会に依頼し、県民に意見を募っておきながら、その結論を待たずして「結果は分かっている。骨格は変わらない」と予算を通してしまう。

かつてこれほどに乱暴な手法があっただろうか。

ここまで露骨に県民と検討委員会を無視する手法に問題を感じない県・高知市職員はいないと思いたいが、もし感じないとすれば、それは全体の奉仕者であるべき公務員失格であろう。

追手前小跡地が新図書館用地として適地であるかどうかの議論は、この日の委員会でもまとまらなかった。「懸念材料を最小限に抑える工夫を十分加えることで中心街地に立地する利便性の高い新図書館として整備されることを期待する」との原案に対し、「期待するという表現は違う」、「もう決まっているのだから議論する意味はない。用地については全文削除すべき」という意見が複数の地元委員から出されたが、県外出身委員の「多数」で「期待したい」と文末を変え、お茶を濁して押し切った。

全部で8回開かれた検討委員会の議論で奇異に感じたのは30年、40年後に高知県の人口が減るということはさかんに言われても、30年以内に60%程度の確立で高知県を襲う南海地震のことはまったく話題にならなかったし、事務局側がそのような情報が意図的と思えるほどスポイルされていたことだった。

追手前小学校敷地は震災時に海抜マイナス1メートルに地盤沈降し海水が流れ込み、長期浸水することが想定されてエリアであるにもかかわらず、まったくこのような話は出ず、利便性だけで話が進んだ。こんな場所に地下駐車場を掘るなどという馬鹿げた話まであるのだから驚く。これは東日本大震災の後に開かれた最終回検討委員会でもぶれることはなかったが、こんな議論で本当に良いのだろうか。

最終の委員会ですべての議論を終えた時に一人の委員が一連の手続きの誤りを指摘し、「県政、高知市政の汚点。報告書から名前を外してほしい」と訴えた。「汚点」という指摘はまさに正論だ。

高知の図書館を良くするため懸命に奔走してきた委員にこのようなことを言わせてしまう高知県・高知市の図書館行政とは一体何なのだろうか。後味の悪さが残る。

合併特例債の期限に間に合わせることだけが唯一の基準で、後は何でもあり。一種のモラルハザードをおこし、目先のことだけで駆け込んだのが、隠しようのない実態である。だが何か大切なものを忘れてはいないか。

今後計画が進み、さらに具体像が県民に見えてきた時に、追手前小跡地が本当に適地なのかという議論は再び起こるだろうし、さらに災害時の拠点となるべき高知市庁舎の耐震対策すら手がついていないような中での税金の使い方の優先順位として、合築図書館が耐えられる選択なのだろうかという思いも率直にある。今後とも新図書館の行方には関心を持っていこうと思う。(N)(2011年4月3日 高知民報)