2011年2月20日

コラムアンテナ 高齢夫婦殺人事件 背景にあるもの

事件のあった夫婦宅、きちんと片付けられていたのが印象に残る
1月31日、午後8時過ぎ、高知市内で94歳の夫が、88歳の妻の首をロープと手で絞め殺害する事件が起きた。長年連れ添った高齢夫婦の痛ましい晩年。これまでの報道で見えない部分には何があるのだろうか。

夫婦は介護保険サービスを受けていた。直ちに介護は必要としないものの、これ以上の悪化防止のために支援をうける「要支援」の認定を受け、ヘルパーに家事を援助してもらうなどのサービスを受けていたという。

夫は戦前の京都帝国大学法学部卒の元県職員で、一等級の監査委員会事務局長を勤め上げた。現在、金銭的に困っていたことはなかったようだ。

「かくしゃくとしていて、判断力もきちんとしていた」と、夫を知る人は一様に口を揃える。妻には難聴があったものの、台所に立って食事を作るなど二人が支え合っての生活。直接的な貧困や老老介護に疲れ果てた末の事件とはやや事情が異なる。

住宅街にある一戸建ての夫婦宅を訪ねると、築年数は一定たっているが、掃除が行き届き、きちんと整頓されていたのが印象的だった。男性は厳格で人に迷惑をかけたくないタイプだったというが、性格そのままのような家だった。

高知市介護保険課・南部地域高齢者支援センターは、介護保険を通じて夫婦と接点を持っており、ケアマネージャーが訪問し、介護の悩みや要望を聞く関係はできていた。事件があった当日の朝にも男性と電話で話をしている。惨劇はその夜起きた。

「新聞を見て驚いた。このようなことになってしまい、やりきれない」とセンターの職員たちはショックを隠しきれない様子。岡林敏行・同市健康福祉部長は「残念な結末になってしまったが、市としては必要な支援はしてきたつもりだ」と述べる。

確かに直接的な貧困や介護疲れとは事情が異なるし、行政も制度の枠内で懸命の努力をしていたことは、その通りだと思う。だが、この事件は表面上問題がないように見えても、ふとしたことで殺人にまで及んでしまう危うさが、どのケースにもあることを示した。

事件の夜、突発的に何があったのかは、捜査機関の取り調べを待つ以外にないが、高知市が接点を持ちながらも、結果的に最悪の事態にまで至ってしまったことは、酷かもしれないが、もっと重く受け止める必要があると思う。

介護保険が本当に夫婦が必要とする介護水準を満たしていたのか、救いを求めるサインの見逃しはなかったのか、心理的なサポート、とりわけ高齢男性にありがちな地域から孤立させない手立てなど、支援に課題はなかったのだろうか。「必要なことはしていた」だけで終わらず、事件を検証する姿勢を高知市には求めたい。(N)(2011年2月20日 高知民報)