2011年1月1日

新春討論 不登校は悪いことではない テストの点数が本当の学力か 大崎博澄・たんぽぽ教育研究所長

大崎博澄さん
2000年から8年間、高知県教育長を務め「土佐の教育改革」に取り組んできた大崎博澄さん(65)は、教育長を退任した08年4月から「たんぽぽ教育研究所」(高知市南はりまや町)を開設し、不登校問題をはじめとする教育相談や教育研究活動をすすめています。大崎さんに「土佐の教育改革」への思い、「全国学力・学習状況調査」(以下学テ)や、不登校について聞きました。大崎さんは旧池川町生まれ。定時制、通信制、夜間高校、夜間大学に学び高知県庁に。2000年から県教育長。詩人やエッセイストとして文学分野でも活躍しています。(聞き手・中田宏)

■「土佐の教育改革」を「敗北」と総括されていますが、本当にそうでしょうか。

大崎 8年も教育長をやったのに、いじめ、不登校、中学校問題などの解決に歯がたたなかったという罪の意識があります。「たんぽぽ」をやっているのは、その償いでもあります。

■様々な立場の人が、「子どもを主人公」にして議論のテーブルについた意味は大きいのでは。

大崎 これまでの教育行政に不信の塊であった人たちが、一瞬でも信頼を取り戻してくれた時があったとすれば、自分がいたことの意味があったかもしれません。 

■今「学テ体制」の中で、その財産は枯渇しかかっています。大崎教育長時代に始まった学テですが、本意ではなかったのではないですか。

大崎 やらないとはなかなか言えません。国の報復がありますから。加配教員をつけないとか。高知県は一番手厚く加配をもらっていましたから、勇ましいことを言っても、はぎ取られたら実質損。子どもが被害を受けてしまいます。調査自体にまったく意味がないとは思いませんが、競争して何番になった、どれくらい上がった、下がったというのは実に馬鹿げたこと。あんな調査で本当の学力が分かるはずがない。

テストの点数を上げることが子どもの幸せに結びつくのか。本質的なことが忘れ去られ、点数を上げることが教育ということになってしまうのは子どもも先生も不幸です。あれが教育の善し悪しの物差しにされてしまうのは辛いですね。

■現実には全国平均へ順位引き上げが至上命題になっています。

大崎 テスト対策をやれば、点数を上げることはできますが、それは本当の勉強ではない。そこを考えておかないと大きな間違いを犯す。地球環境がズタズタになった厳しい時代に生きていかなければならない子どもに必要なのは、点数をとる力ではない。豊かな想像力、好奇心こそ伸ばしてやらないと彼らは幸せになれない。教育観、教育の目標を変えなければならない時です。

■不登校問題の相談を受けることが多いと聞きましたが、アドバイスの基本は?

大崎 不登校は悪いことではない。学校に戻すことが解決ではないというのが考え方の基本にあります。今の学校は苛酷な競争社会の縮図で、そこに行きたくなくなるのは生き物として当然。人間改造して、鍛え直し送り戻すのが不登校問題の解決ではない。

親の責任でもない、本人の責任でもないということを、しっかり言います。いい加減苦しんでいる人を、これ以上鞭打ってはならない。社会を変えないと不登校は解決できません。

もう一つは、親子のしっかりした信頼があれば、学校に行かなくても大丈夫ということ。親子に信頼関係があれば、親以外の人とも信頼関係を結べる。誰かとつながりができれば、いつか社会に巣立っていける。別に学校に行けなくても構わないと。困っている人に「なんとかして行かさないかん」と言うのはあまりにむごい。我が子も学校に行けなかったからよく分かります。

不登校は事後の対策では問題解決にはならない。なだめすかして学校に戻しても一方で大量に発生している。社会環境全体がもっと暖かいものにならないと解決できません。

■社会のあり方を変えないと子どもは救われないということですね。

大崎 まだ結論にたどりついているわけではないのですが、新しいコミュニティをつくる努力をしたい。「たんぽぽ」も一つの教育を支えるコミュニティだし、地域を支えるコミュニティ、農業を支えるコミュニティ等々。人と人とのつながりを重層的に積み上げて、もう少し経済的格差が少なく、競争がひどくない社会に改造できないかというようなことを考えています。(2011年1月1日 高知民報)