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本山町で捜索活動にあたる「りょうま」(2003年8月)
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紅葉シーズンを迎え、多くの登山者やハイカーが山へとむかう季節になったが、埼玉県議会の最大会派である自民党県議団が、「無謀な登山者による事故の抑止」のために、埼玉県内の山岳遭難救助に同県消防防災ヘリが出動した場合、手数料をとることができる条例を提出する寸前までいったのだが、12月県議会まで提出を持ち越すことにしたという。
何度も出ては消えた「ヘリ有料化」。今夏、秩父ブドウ沢で起きたヘリ墜落事故を受けて一気に有料化を成立させようとしたものの、消防救急活動の有料化という無理筋を通すには、いささか問題が多すぎたのだろう。
まず対象がなぜ山だけなのかがよく分からない。無謀といえば台風の時に海に出て波にさらわれるサーファー、増水した河原の中州でバーベキューをして取り残された行楽客、スキー場外に出て迷うスノーボーダー・・・。登山に限らずいろいろなパターンがある。山菜採りや紅葉狩りで山に迷いこんだら、山岳遭難になるのだろうか。
だいたい「無謀」であるかどうかを誰が決めるのか。救助活動中にそんなことを議論している暇はない。スタッフは遭難者にとって最善の方法で命を救うことに全力をあげる。手数料の徴収をどうするかなどというレベルの話が入り込む余地などない。
そもそも県消防防災ヘリを出動させるのは、遭難した登山者ではなく119番を受ける市町村消防である。救助要請を受けた市町村消防が、ヘリによる救助が適切であると判断した場合に限り、ヘリが飛ぶことになる。いくら遭難者が望んでも、市町村消防のOKがなければ飛べない仕組みである。
言い換えれば、今年7月に津野町で起きた不入山遭難と同様、市町村消防はヘリが出なければ、人海戦術で救助に向かわなくてはならないということである。有料化で一番困るのは、遭難者と接する第一線の市町村消防だろう。
山岳遭難が起きるのは、間違いなく過疎地である。山村には常勤の消防署員や警官はわずかな人数しかいないし、海にある海上保安庁のような国の専門組織もない。
もし遭難者が「貧しくてヘリ代は払えない」と言ったらどうなるのか。山に放置するのだろうか。それでは「災害等による傷病者の搬送を適切に行い、もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資する」ことを定める消防法違反になってしまう。結局、過疎自治体が非常勤の消防団員を招集して救助にあたるしかないのである(消防団出動に遭難者の負担は当然ない)。
ただし、山で「無謀」な事故が増えているというのは当たっている面はある。無謀というより無知だろう。石鎚山でも土小屋の登山口から午後3時になっても軽装で登ってくる高齢者やアベックをよく見かける。
「無謀登山」の要因を考えてみると、@林道が奥まで伸びすぎて標高の高いところまで誰でも行けてしまう、A組織嫌いを反映して既存山岳会が衰退し、消費者として選択するツアー型登山が増えることによる「お任せ意識」の蔓延、B以前なら一部の上級者しか知らなかった情報がインターネットで簡単に入手できる、C携帯電話の普及により救助要請が容易になったこと、などがあげられる。時代が変わったといえばそれまでだが、登山団体に任せきりで、何もしてこなかった国の姿勢を見直すべき時にきている。
山の事故は自己責任なのだから各自が山岳保険で対応すべきという声も聞こえるが、実態を知らない議論だ。営利企業である保険会社には、いくつかの傷害保険はあっても遭難費用をカバーするよい商品はない。そこで登山団体が相互扶助で自主共済を運営し対応していたにもかかわらず、「無届け共済は存続させない」と、自主共済を存続できないようにしてきたのは誰なのか。他ならぬ自民党時代の政権である。有料化を云々する前に、このような愚策をすぐに解消すべきだ。
山の事故が多発している現状に歯止めをかけるには、まず国と自治体がメディアや地方の登山団体と協力して、登山者教育や啓発を徹底して推進する。さらに国が責任を持って全登山者を対象にする規模の安価な共済制度を創設し、遭難時の費用負担に対応する仕組みをつくるなど、やるべきことはいくらでもある。「抑止」のための威嚇で有料化をふりまわしても、何の解決にもならないことを指摘したい。(N)(2010年10月24日 高知民報) |