2009年8月16日

「糾弾会」 市長先頭に幹部165人が出席 30年前の噂持ち出し「差別事件」? いつまで続く解同追随 高知市
「糾弾会」で「市役所に30年間差別意識が温存されていた」と発言する岡崎市長(8月7日)
高知市は同市消防局職員が「差別事件」を起こしたとして8月7日、部落解放同盟高知市連絡協議会(竹内千賀子議長=高知市議、以下解同市協)とともに「確認学習会」を小高坂市民会館で開催。市側は岡崎誠也市長をはじめ課長以上の管理職、市民会館職員など165人、解同市協から約200人が参加しましたが、30年前の事例を持ち出して「差別が温存されている」などと「糾弾」対象にするなど、何をもって「差別事件」としているのかが明確にならない要領を得ないものでした。

「解放歌」斉唱で開会した集会の司会は竹村美也子副議長(元高知競輪競馬労組委員長)が務め、竹内議長が「この会は研修会ではない。糾弾会だと思っている」と宣言。司会やタイムスケジュール管理も解同市協が行うなど、完全に解同市協の主導ですすめられた集会でしたが、高知市は市主催の「確認学習会」であると主張。高知民報の取材が認められました。

「確認学習会」では竹内議長が一連の経過を報告する「問題提起」(「事件」内容は後述)。岡崎市長が「この事件は市役所組織の根本が問われている。30年間、組織の改善ができていなかった。このことをお互いに確認したい」と発言し、山中次男・消防局長が「人の生命財産を守る立場にありながら、今回の差別事象を起こし申し訳ありませんでした」と涙ながらに謝罪しました。

この発言を受けて森田益子・解同市協顧問が発言に立ち、「高知市にはくさいものに蓋をする体質がある」、「市長はともかく中間管理職は気に入らない」、「(地区出身者が)市役所に入ったら解放運動をしなくなる」などと1時間10分にわたり、執行部を批判し、自らの体験談を繰り返しました。

どこが差別事件なのか?

8月7日の「糾弾会」で問題にされた「差別事件」とはいかなるものでしょうか。市消防局と解同市協の説明をまとめると以下のようになります。

@消防職員Bが、Bの息子が結婚する時に相手女性の姓をさして「●●地区(旧同和地区)だろうか」と現在は退職した同僚に尋ねた(時期の説明はなし)。

A30年ほど前、Bの入局当事、部落差別に関する話を聞いて、同和地区出身の職員が階段で泣いていたという噂を聞いたにもかかわらず放置していた。

B30年ほど前、先輩職員が職員名簿に同和地区出身職員へ隠語で印をつけていたことをBは目撃しながら放置した。

CこれらについてBと個人的に親しい関係にあった女性Aが、民主党選挙事務所(詳細報告なし)と市同和・人権啓発課に訴える電話をかけてきたが(今年7月)、その中でさらに以下が判明。平成20年に消防局で発覚した勤務中に消防車で署員が食材を購入していた事案を是正させることを目的に、Bが気のすすまないAに指示して市民相談センターへ告発する電話を代わってかけさせた。これは女性の人権を踏みにじる行為である。
 
@にあるように同和地区出身であるかどうかを聞いたことが事実としても、意図は様々で直ちに「部落差別」といえるようなものではないでしょう。森田顧問自身、「糾弾会」の場で「あっちの人か、こっちの人か聞かん人はない。それで引き裂いたら差別だが、反対されても何年かけても説得すべき」と述べているほどです。

AとBは、いずれも30年も昔に見聞きした事例や噂を「放置した」というのが理由。これを「差別事件」と称して糾弾するのは、あまりにも説得力に欠け、難癖のようなものです。「見過ごしていた」こと自体が「差別事件」だという論法を許せば、偏見が社会的に色濃く残り、同和対策を必要としていた当時を知っている世代は誰もが該当し、同様のことが繰り返される恐れがあります。ある市幹部は「30年も前に他の職員が言っていたことなど覚えていない。そんな昔のことを今ごろ差別と言われても困る」。

Cの意味するところを理解するのは非常に困難ですが、告発自体は不適切な勤務実態を正す目的の正当なもの。あとは特別な男女関係にあったA・B個人間の問題であり、行政が騒ぐような事柄とは思われません。

このように@からCの「差別事件」はどれも今日の消防局に根深い「差別体質」があるなどと言えるものではありませんが、「確認学習会」を終えた岡崎市長は取材に対し「市役所内部に発生した差別事件であり、幹部の研修会として確認学習会を開催することにした」とコメントしました。

解説 岡崎市長が解同市協の意に沿い、平日の日中から165人もの幹部職員を市庁舎から離れた場所での「糾弾会」に参加させ、来年度予算編成に向けたサマーレビューの最中に2時間30分以上も拘束したために、市役所機能が一時的に麻痺するような状態になるなど、解同言いなりの市政の弱点を露呈させました。これには「やりすぎ。30年前に黙っていたからといって、今ここまでやる理由が分からない」という声が幹部職員からは聞かれました。解同市協にすれば、「市民会館」の体制大幅縮小、随意契約解消による「仕事保障」廃止の流れに危機感を強め、来年度にむけ市長を牽制することを狙ったものと考えられます。

「糾弾会」自体の拘束時間は長いものの、予定調和のセレモニー的なもので、威圧的に執行部を恫喝する場面はありませんでしたが、森田益子氏が1時間以上にわたって、「ええかよ、よう聞いちょけよ。おまんらあにゆうちょくぞ」というような口調で執拗に執行部に説教を垂れる内容。市長が言う「研修」とはほど遠いものでした。(N)(2009年8月16日 高知民報)