2007年1月21日
美術館は誰のものなのか 篠雅廣・県立美術館長に聞く
篠雅廣・県立美術館長
県立美術館・篠雅廣館長に、県立美術館の活動方針や指定管理者の問題について聞きました。
篠
2004年に館長になって3年目です。逆におうかがいしたいのですが、美術館は変わってきましたか。
−−以前は「巨艦主義」とでもいいますか、ドンとすごい展覧会をやっていましたが、最近は地域密着型で工夫しているという印象があります。
篠
高知県立美術館は1993年の開館ですから全国的には後発です。後発である強みは、70年代から80年代に建設された各地の美術館の経験を生かせることでした。開館直後は、展覧会活動や他の事業展開を通して、「美術館とはこんなものです」ということを県民に伝えなければならなかったのですが、後発であればあるほど、最初から地域社会の身の丈にあった美術館活動をすべきだったと思います。
美術館が変わってきたという評価いただいて、ありがたいですが、地方美術館として当たり前のことをやっているだけです。これまでの歴史的経緯がありますから一概に否定できませんが、開館前後の段階から、地域社会と美術館をつなぐプログラムを、もっと盛り込んでおくべきではなかったかという気がします。
−−指定管理者や「市場化テスト」の中で、美術館のあり方が問われています。
篠
高知県中央部に文化施設が集中していますが、東は甲の浦から西は宿毛まで県民は同じように税金を納めているわけですから、公平な文化的な享受という視点からは非常に片寄りがある。美術館の建物を動かすことはできませんが、ここで培ったノウハウを地域に還元していく多様なプログラムを考えていかなければならないと思ってます。
−−具体的には。
篠
例えば、その一環として県下全域に入り込む「出前びじゅつ講座」を強化しています。昨年は30回近く実施しました。学芸員が教室で語りかけ、体育館に実物の美術作品を持っていく。15人の学童を相手にしていても、その背後には100人、200人の地域の方がいます。子供たちが「今日、美術館の人が来てくれて、美術の話をしてくれたけど、おもしろかったよ」と家庭で話すことによっても、美術館への認知が深まる。1万人の来館者があっても、鑑賞されたらサッと帰ってしまう展覧会より、地域で300人の学童や県民にじっくり語りかけるほうが、ひょっとするとはるかに重要なことかもしれません。
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指定管理者について
−−2006年から県立美術館に指定管理者制度が導入されましたが(高知県文化財団が直指定された)。
篠
経費削減とサービス向上は同時にできると思っています。決して悪い制度ではないのですが、アウトソーシング(外部委託)していい施設と、してはいけない施設がある。博物館や美術館は地域社会の文化遺産、共同体の記憶を残して行く場所です。このような文化施設を、外部委託の対象とするのは、自分たちの記憶を消し去ることにつながりかねません。
−−大変な時期に館長になりましたね。
篠
館長に就任した時点から、すぐさま指定管理者の問題に投げ込まれました。まず公募ありきの一辺倒でしたから、これは大変でした。美術館を設置した自治体の管理監督、執行責任はどうなるのか。美術館を作った以上、地域社会のために何が出来て、何が出来ないかを明確に示す責務が設置主体には求められています。
−−指定管理者は数年ごとの指定期間契約ですから、また次にどこがとるのかという議論になるわけですが。
篠
民間企業なら傘下の一部門であればよいわけですから、コストより企業の文化戦略のため、美術館は宣伝の一環であればよいわけです。公募されて1回目の応札にはなんとか持ちこたえられても、2回目以降になると、人件費や事業費、管理経費などの「切り代」ほとんど残っておらず、コストを削るにも限度があります。文化施設は本来、何をすべきところなのか、設置主体である自治体の見識こそがまず問われているのではないでしょうか。
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住民とつながるプログラムを
−−このような背景には日本の文化行政の弱さがあるのではないでしょうか。
篠
日本では美術館のような文化施設が共同体の中で果たすべき役割について合意ができていませんね。「美術館は冬の時代」とよく言われますが、私が仕事してきた経験から思い出すと、ずっと無理解と偏見の中にありました。地域によって多少違いますが「ミュージアムに吹く風はいつも冷たい」(笑)。私たちは県が厳しい財政状況下にあることは充分承知していますし、決して甘えていません。「美術館があってよかった」という県民の気持ちが、美術館の中でも外でもわき上がってくるような事業活動が求められています。
高知県立美術館は、ホールを合わせて年間17万人に利用していただいており、四国の県立美術館の中では、県民、利用者への細かな配慮という点で格段に優っています。さらに、全国に3000以上ある公立文化施設のなかで、昨年はアサヒビールの芸術賞、今年1月には総務省の外郭団体「地域創造」から総務大臣賞をいただき、民間からも「お上」からも、地域社会における美術館として模範的な施設であるという評価をもらいました。美術館は誰のものなのか。美術館の中と外で同時に県民、利用者と直接つながる、さまざまなプログラムを多様展開することが一番大切だと考えています。
篠雅廣(しのまさひろ)
1950年生まれ。高知県出身。追手前高校卒、大阪大学大学院博士課程単位取得退学。西宮市大谷記念美術館・学芸課長、京都市美術館・学芸課長などを経て2004年より現職。国内の国公立美術館で最年少で館長になる。