2006年12月13日

漁業守る県行政の役割とは何か 県漁業信用基金協会出資への監査委員報告に関して

県が平成12年から18年度まで実施した(18年度は未執行)県漁業信用基金協会への年900万円の出資は「出資目的に虚偽があり違法不当な支出である」として出資金の返還・差し止めを求めた住民監査請求を受け県監査委員が実施した監査結果が12月8日発表され、出資金のうち18年度分の執行差し止めと、17年度分の補填を勧告する報告書が提出されました。

同報告は、監査の請求目的であった「闇保証の見返り出資」という疑惑の構図(※)を否定しながらも、事務執行上の不手際を指摘して行政の裁量権を逸脱した公益性に欠ける違法不当な出資であると結論付ける問題を含む内容となっています。報告の柱は以下2点。

@野村俊夫・元海洋局次長が主張している「見返り出資の約束」があったか否かは当事者の説明に意見の相違があるが、仮に合意があったとしても契約の締結ではなく、かつ出資金支出の原因行為とも認められず違法性を論じる余地はない。

A900万円の予算を算定する時に用いた数字に誤りがあり、正しい数字を用いれば予算化する必要はなかった。融資に漁業者のニーズはなく、経営基盤強化のための出資の必要性はない。故に公益性に欠ける裁量権を逸脱した違法不当な公金の支出である。


「疑惑」を否定

「知事査定の場で見返り出資が認められていない以上、野村元次長が主張する副知事協議における組織決定及び、平成11年5月7日の見返り出資の合意が、出資金の支出の原因行為であるとも認められない」。これは監査委員報告で示された見解です。

「基金協会への出資は違法な融資を裏支えするための組織的な闇保証」というのが「疑惑」の構図でしたが、「出資と『よこはま水産』は無関係」であるという県の主張に沿うかたちで両者の関係を切り離し「疑惑」を否定する内容になっています。

今回の住民監査請求は「組織的な闇保証」を理由にして出資の違法性を問うたものであることから、請求の主要部分が認められなかったことは、報告の極めて重要な要素ですが、「高知新聞」をはじめとする報道は、この部分にはほとんど触れようとしていません。

その一方で監査委員報告は「疑惑」を否定しながら、「疑惑」とは別チャンネルである事務執行上の問題、行政の裁量権を取り上げて出資の公益性を否定し、「損害」の補填(職員による賠償などが考えられる)を求めていますが、この結論付けには相当な無理があります。

「高知新聞」には「2つの数字」、「偽装」、「からくり」などという言葉がセンセーショナルに取り上げられています。漁業団体への融資、信用保証、県予算の見積にかかわる問題は、県民になじみがなく難解であることから、イメージに惑わされがちですが、実態とは異なるものです。

予算見積でのミス
 
問題視されている「2つの数字」とは、県海洋局が12年度から実施した年900万円の出資金の予算見積の時に使った「出資金等」の額(3億6000万円の融資枠に対応するまで「基金等」を増額させることが当面の目標だった)を算定する計算式が、国の「金融改革」の流れの中で12年に変更されていたにもかかわらず、県海洋局が見落として13年度以降の予算見積時にも旧方式で算定した数字を見積書に添付し、今年6月県議会の産業経済委員会に提出した資料では新方式で計算した数字に変更したものの説明をしていなかったというものです。

これに対し県海洋局は「今年5月まで国の制度変更を知らなかった」と過失を認めた上で、「知った段階で新しい数字に変更して議会に提出した。いずれで計算しても、3億6000万円の融資に対応する目標には達しておらず、見積の根拠は失われていない」としています。

確かに国の制度変更を知らぬまま、異なる数字で予算見積をしていた(12年度から7年間出資する事が前提になっていたため、毎年の予算査定で内容が充分吟味されていなかった)ことは重大であり、議会への説明がさらに求められていたことも言うまでもありませんが、当面の目標であった3億6000万円の融資に対応できる残高に「基金等」が到達できていないのは事実であり(漁業不振の中で基金残高は年々減少。監査報告が新方式で計算すると13年度には達成していたと述べているのは11年の見込みで計算しているためで実績とは異なる)、目標に接近するために基金を積み上げること自体は公益性にかなうもので、問題があるとは考えられません。

県海洋局の主張に対して「高知新聞」は、「以前から知っていたのに故意に隠していたのに違いない」、「闇保証を実行するためにわざと隠していた」というスタンスで、監査委員報告自体が「疑惑」を否定しているにもかかわらず、無理矢理「闇保証」に結びつけようという意図的な記事を流しています。

しかし、水産庁から制度変更の通知があった12年当時に県海洋局次長を務め、この問題に最も精通していたはずの野村氏でさえ変更を「知らない」と述べているのですから、「海洋局が知っていたにもかかわらず隠していた」などというのは思い込みにすぎません。

公益性とは

監査委員報告は、事務上のミスがあったとはいえ、国の制度で定められた融資に対応するための県の出資を、なぜこれほど問題視しているのでしょうか。その背景には12年当時、県海洋局や基金協会が置かれていた状況や、その中で基金協会の体質を強化していくことの高度な公益性について監査委員が充分理解をしていない面があると考えられます。

12年当時、県海洋局と基金協会の最大の関心事は信用事業の統合。当時吹き荒れていた「金融改革」の嵐の中で、各漁協単位で実施していた信用事業を県信用漁業協同組合連合会(信漁連)に一本化しなければ破綻する漁協が出ることが懸念され、早期の統合は県水産行政の重大な関心事であり焦眉の課題でした。

一本化の過程では、基金協会が多額の保証をしなければならないことが予想されるため、県は年900万円の出資の他にも、支援策を実施して懸命に基金協会を支えている最中でした。基金協会の経営は非常に厳しい状況が続いており、「基金協会の経営基盤の強化の必要性は認められない」とする監査委員報告は、県水産行政が果たすべき役割を充分理解していないものと言わざるをえません。

監査委員報告は平成13年12月21日に盛岡地裁で下った判決(北上市が第三セクターの株式会社に出資した7500万円を、既存地元業者が行政による業者つぶしにつながると差し止めを求めたが、出資は公益性があり正当であるという判決)の一部を引用していますが、その内容は「出資の判断は行政の裁量権に委ねられ、著しく不合理で裁量権を逸脱し、濫用するものである場合のみ」出資が違法になると述べているに過ぎません。

結論的には基金協会の経営基盤を強化するための出資に公益性があるのか否かが、この問題を考える上での最大のポイントになります。

基金協会は「中小漁業融資保証法」に基づく公的性格の強い特殊法人で、金融機関の中小漁業者に対する貸し付け債務の保証を業務としています。中小商工業者に対する信用保証協会と同様に、漁業振興に大きな意味を持つ公益性の高い組織であり、県は昭和42年から39年間、1年も欠かすことなく出資を続け、累計は5億8000万円を超え、市町村の出資累計も1億9000万円に達します。

近年は漁業不振に伴って漁業者個人の出資金が年々減っていることから、減少分を県の出資で埋めて基金を支えているのが実態であり、このような状況下で高知県の重要産業である漁業を守る政策判断のもとで、基金協会の経営基盤強化のため県が出資することが、なぜ行政の裁量権の逸脱・濫用となり、違法不当な公金の支出になるのでしょうか。県は漁業を守る県行政の果たすべき役割と公益性について、しっかり説明する必要があります。

(※)今年4月に自民党の土森正典県議が12年度から18年度まで県が県信用漁業基金協会に出資した年間900万円は、11年5月に県信用漁業協同組合連合会が県の要請を受けて実施した「よこはま水産」(旧佐賀町、社長は村越久佐夫・当時の部落解放同盟県連副委員長)への5000万円の融資の見返りとしての「闇保証」であると指摘していた問題。