2006年9月17日

県・高知市が「安全・安心まちづくり条例」年度内制定へ 監視社会への懸念も 罰則規定はなし

 「治安悪化」に不安を抱く県民は多いが・・・
県と高知市が、住民と行政が一体となって防犯活動をすすめるためにつくろうとしている「安全・安心まちづくり条例」をご存じでしょうか。高知市は来年3月市議会で、県は来年2月県議会で成立させるために準備を急いでいます。

これらの条例は1994年に新設された警察庁生活安全局のイニシアチブで全国で制定が進められている生活安全条例の一タイプで、県と高知市は後発の部類に入ります。「治安悪化」への不安感を抱く住民も多いことから、多くの自治体関係者からは「何らかの条例は必要だ」という声が聞かれる一方で、市民を警察の下請化する恐れ、市民同士が監視する社会につながるという懸念も研究者や法曹関係者から出されています。

背後に「割れ窓理論」

全国で制定されている生安条例の特徴をみると、当初は「市民は安全なまちづくりにむけた市の施策に協力するよう努めなければならない」というようなまったくの「理念型」が大半でしたが、数年前から罰則規定を入れた条例が目立つようになってきます。

日本一有名な生安条例といわれる東京都千代田区の「安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例(2002年6月施行)」には「路上禁煙地区においては、道路上で喫煙する行為及び道路上(沿道植栽を含む)に吸い殻を捨てる行為を禁止する。路上禁煙地区内で喫煙し、又は吸い殻を捨てた者は2 万円以下の過料に処する」という条項があります。

禁煙地区の路上で1本でもタバコを吸ったら反則金2000円。区職員が納付書を発行し、その場での「現金払い」も可能といいます。路上喫煙が迷惑行為であることは間違いありませんが、喫煙マナー向上を呼びかけることと、喫煙という合法的行為を一自治体の条例で罰することはまったく別次元の問題です。

このように軽微な迷惑行為に、罰則を科す動きが強まっている背景には、アメリカ発の「割れ窓理論」があります。「割れ窓理論」とは「ビルの窓が一枚でも割れたままになっていると、他の窓も全部壊される」というような意味合いですが、@一見無害な秩序違反行為が野放しにされると住民の「体感治安」が低下して、秩序維持に協力しなくなり犯罪が多発するようになる、A治安を回復させるには、一見無害であったり、軽微な秩序違反でも取り締まる。徒歩パトロール強化。地域社会は警察に協力し、秩序の維持に努力するというもの。まさに生安条例の思想そのものです。

しかし、「割れ窓理論」を忠実に実行し、治安を「回復」したニューヨークでは、犯罪が減ったのは経済事情が改善したからという指摘、黒人やヒスパニックへの人権侵害の頻発、犯罪が他地域に移っただけであり本質的な問題解決になっていないという批判もあるなど、「割れ窓理論」の評価は定まっていません。

「声かけ」が犯罪?

県条例も警察主導で始まったという構図は全国と同じでした。2006年4月14日、県議会総務委員会の業務概要説明の場で鈴木基久・県警本部長は、子どもへの「声かけ事案」が増加していることを問題視して、「地域一体となった防犯活動を展開することが肝要。早急に条例を検討する必要がある」と述べ、県県民生活課に県警職員を出向させています。

条例案を検討する過程では、県警から子どもへの「声かけ」に罰則を科すべきであるという提起があり議論になりましたが、「よい声かけもあれば、悪い声かけもあるわけで、その判断は難しい。罰則を科すことはすべきではないという結論になった(県関係者)」と、必ずしも県警の思うように事が進んでいない状況もあります。

高知市は条例の原案をすでに公表していますが、罰則規定はなく「穏当」な理念型に近い内容になっています。しかし条例の対象者に市民・事業者に加え、四国の他県庁所在地の自治体にはない市民団体を含むなど注意すべき点もあります。

住民が不安を抱いている「治安の悪化」についても慎重に検討する必要があります。県警自身が公表している資料をみても犯罪認知件数(※)は2002年以降、県下で約12000件(うち高知市は8000件前後)とほぼ同様の水準で推移しており、犯罪が増え治安が悪化しているとは必ずしもいえない状況があります。

住民や行政の「防犯」への関わりには限界があり、警察がきちんと犯罪を捜査して犯人を検挙することが基本になります。住民の不安をあおるだけでなく、科学的で慎重な検討が求められています。

※犯罪認知件数 実際におきた犯罪の実数ではなく、警察がカウントした事件の数。99年の「桶川ストーカー事件」で警察が相談を受けながら事件として扱わず殺人につながったことへの批判を受け、以前なら門前払いにしていた微罪でも現在は認知する捜査方針をとっている。認知件数をあげれば当然検挙率は下がる。認知件数は警察の方針で変動するので、統計上の意味は乏しいとの指摘もある。