2006年1月1日


「憲法前文には愛がある」きたがわてつさんインタビュー
 コンサートのリハーサルで12月11日(RKCホール)
「ヒロシマの有る国で」、「まつり」、「そんな町を」など愛と平和、友情と希望を歌いつづけて30年。代表作の「日本国憲法前文」はマスメディアでも広く紹介され、学校の授業で取り上げられたり、多くの人に親しまれている。「ヒロシマの有る国で」は、核兵器廃絶を願う人々の愛唱歌に。人間に対する優しさ、気取りのない素朴な人柄とエネルギッシュな行動力が魅力。岩手県北上市生まれの52歳。
歌の原点

岩手大学でうたごえサークルを4年間やり、労働歌やロシア民謡を覚えた。以来音楽のジャンルにとらわれず、メッセージにこだわって歌い続けてきた。最初から平和の歌というわけではなく結果的にそうなった。祖母が30歳前に戦争未亡人になり5人の子供を抱えて苦労し一時は自殺も考えたという苦労話を子供の頃からよく聞いた。もう一つは20歳の時の大病。ガンだった。命と平和についての思いは人一倍強かったと思う。人を励ます音楽をやりたかった。
 
歌手活動のきっかけ

中学生の頃から曲を創作していて、NHK「あなたのメロディ」という応募番組で自作曲が3回採用された。ここから勘違いが始まったのかもしれない(笑)。高校の時は採用されるための曲を作ろうと『明星』の付録の歌本から言葉を抜き出して統計をとり、多く使われている言葉を組み合わせた「愛の終わり」(笑)という曲を応募したら採用された。大学でうたごえサークルに入って認識が変わった。いいかげんな歌は作れなくなった。上条恒彦さんが「出発の歌」でグランプリをとった頃で、「うたごえから出た人がこんなことができるのか」と感銘を受けた。それまで歌い手になるつもりは全然なく、中学の国語の教師になりたかったが、死ぬか生きるかの病気で入院した時に、たまたまラジオから流れてきた「ブラザー・サン・シスター・ムーン」に衝撃を受け、体の震えが止まらないほど感激した。管を何本も通した寝たきりの状態の中で「生きたい」と思うようになった。今度は自分が音楽を届けることで、そんな体験をしてくれる人が1人でもいたらというところから演奏活動を始めるようになった。

なぜ憲法を歌うのか

憲法前文に行きあたったのが25年前。前文に曲をつけて歌ってみようと。憲法は大切な役割を果たしているのに自分も含め意外に知られていない。音楽で表現しようと思った。曲をつけるのにものすごく苦労した。3カ月くらい毎日憲法を読んだ。メロディーがふくらむきっかけは「平和を愛する」という言葉。人間的な響きを持っていた。法律に「愛」という言葉はほとんどない。人間的なものを感じた。

僕は前文はラブソングだと思っている。目の前にいる女性に対するラブソングとは少し違うけれど、人間に対するラブソング。そこには情熱と愛がある。この力が僕を今まで動かし続けてくれたのではないか。前文は「世界中の人たちが平和のうちに生きる権利を持っている」と言っている。これはすごいこと。熱いものを感じる。歌うたびにこんなにも素晴らしい文章だったのかと感じる。
 
「改憲派」の人にも

パーフェクトではないかもしれないが、日本国憲法には先見性と普遍性がある。60年たっても色あせていないのはすごいこと。100年先を見据えている。アメリカの押し付けとか、作られた期間が短いとか、いろんな意見があるが、些末的なこと。大切なのは憲法の内容。まずは憲法そのものに接してほしい。

僕の歌を通して日本国憲法を再発見してくれる人がいる。「9条にはこういうことを書いていたのか」「憲法前文は取っつきにくいと思っていたが、イメージが変わって身近になった」と言ってもらえる人が多い。

最近、九州のある大学の講義で階段教室で200人の学生を前に「九条」「ヒロシマの有る国で」を歌う機会があり、学生が感想文を送ってくれた。面白かったのは「私は護憲の立場ではありませんが」と前置きをつけて改憲やむなしと考えているような学生が、「歌を聞いてあれっと思い、もっと調べてみたくなった。憲法を読み返してみたら、考えが少し変わってきた」と書いていたこと。歌をきっかけに憲法と向き合うようになり、こんな素晴らしいものを変える必要はないのではないかと思いはじめたと。嬉しかった。これが大事だと思う。

改憲賛成の人の多くも平和を望んでいる。マスコミと国会の動きを見た時に、しかたがないと思っているのであって、国会議員の改憲派と国民の意識は全然違う。このような「なんとなく改憲派」の人たちが、憲法を知り、世界情勢やアジアの人々の思いを知ることにより的確な判断をしてもらえるのではないか。憲法に直接触れる機会が少ないことが、改憲の風潮を生み出している気がする。

自分自身、人を積極的に攻撃するような性格ではない。しかし憲法を守るためには立ち向かうしかない。音楽で表現していくことが僕の抵抗の自己表現。これが演奏活動のベースにある。2006年は憲法にとって正念場の年。国民投票がどうなっていくのか。強引に改憲へのレールが敷かれかねない時に、音楽を通して平和を問いかけていかなければならない。「九条の会」との連携も多くなると思うし、平和のための行動に出ることも多くなると思う。海外へもどんどん行き「9条」を柱にした精力的な演奏活動に力を入れたい。