戦争賛美の「つくる会教科書」 教育に持ち込むな 県下で公立中教科書の選定作業始まる
教育勅語を賛美する扶桑社の歴史教科書
来年度から公立中学校で使用する教科書の採択作業が8月末にむけ全国各地で始まっています。教科書の見直しは4年に一度のサイクルで行われますが、4年前に「鳴り物入り」で採択をめざした「新しい歴史教科書をつくる会」(会長は八木秀次・高崎経済大学助教授)が主導して編集した扶桑社の歴史・公民教科書も再び採択の俎上にのることになります。6月17日から30日まで教科書の実物を市民が手に取ることができる展示会も行われます。高知県での教科書採択システムと、扶桑社の歴史教科書の問題点について考えます。
■採択システム
教科書の採択権限があるのは市町村教育委員会です。高知市と南国市は単独、規模の小さな町村は旧郡単位ブロックで構成する地区採択協議会であらかじめ絞りこんだ中から地教委が決定するシステムになっているところが多くあります。県下の採択協議会は高知(高知市のみ)、南国(南国市のみ)、安芸、香美、土長、吾川、高岡、幡多の8つ。
高知採択地区について決定に至るプロセスを見てみます。高知市教委の下部組織として、高知地区教科用図書採択協議会(委員17人。教員、保護者、学識経験者、市教委事務局で構成)委員を教育長が任命。さらにその下部組織である高知地区中学校教科用図書調査研究委員会(75人の各教科の現場教員で構成)を教育長が任命する3層のシステムになっています(別表)。
@調査研究委が教科書の全種について特徴を採択協議会に報告、A協議会が各教科3種に絞り込み市教委に上申、B3種のうちから市教委が最終決定(8月中)します。
各委員名や審議の過程は非公開。「団体からの圧力や教科会社からの勧誘を排して公正な採択をするめ」(市教委学校教育課)。9月になり採択が決まれば委員名や審議の過程を情報公開請求に応じて公開するとしています。
■扶桑社の社会教科書
4年前、扶桑社の教科書は全国542の採択地区でただの1地区も採択されませんでした。今年の採択にあたって「つくる会」は「これまでの歴史教科書は日本の歴史の影を強調して光の部分から目をそむけようとする、いびつな内容でした。そんな教科書で健全な日本人が育つはずがありません。そこで歴史への愛情と国民としての自覚を穏やかにつちかう『新しい歴史教科書』を」とリベンジをもくろんでいます。県下の8つの採択地区いずれも、扶桑社の歴史・公民教科書が東京書籍、大阪書籍、教育出版、帝国書院、日本文教出版、日本書籍とともに調査対象になります。
扶桑社歴史教科書の執筆陣は「新しい歴史教科書をつくる会」の役員と完全にダブります。代表執筆者は藤岡信勝・拓殖大教授(副会長)、以下九里幾久雄・浦和大名誉教授(理事)、高森明勅・拓殖大学客員教授(副会長)、西尾幹二・電気通信大学名誉教授(名誉会長)など、戦前回帰の古くさい政治運動を執拗に展開している極右勢力の自作自演「教科書」といえます。扶桑社歴史教科書は4年前とは異なりB5版へと大版化。イラストを多用して一見ソフトな印象もありますが、内容は、あいかわらずの天皇中心の皇国史観、侵略戦争賛美に貫かれた教科書に値しない異様なものです。
■教科書とは異質な「政治文書」
扶桑社の歴史教科書は書き出しから日本が他国と比べていかに優れているか、美しい国であるかが繰り返し情緒的に強調されるのが特徴です。「ユーラシア大陸の東の果ての海上に、弓状に連なる美しい緑の島々がある。それが(略)日本列島である」。
具体的な偏向内容は例をあげればきりがありませんが、明治以降の一部を見てみましょう。
・自由民権運動の軽視。植木枝盛や中江兆民の名は出ない。
・教育勅語の中段部分を口語訳を要約を載せ、「近代日本人の人格の背骨をなすもの」と賛美。
・日露戦争の日本海海戦を1ページのコラムに。日本海軍の強さを誇る。
・韓国併合では「朝鮮総督府は鉄道・灌漑の施設を整えるなどの開発を行い近代化に務めた」と正当化。
・大東亜戦争(太平洋戦争)は「自存自衛のための戦争」
・「日本軍はとぼしい武器、弾薬で苦しい戦いを強いられたが、日本の将兵は敢闘精神を発揮してよくたたかった」
・日本の緒戦の勝利は東南アジアやインドの人々に独立への夢と希望をはぐくんだ。
・沖縄戦では「集団自決」の記述はなし。
・広島・長崎の原爆投下による犠牲者数の記述なし。
・第2次世界大戦での日本、アジアの犠牲者数の記述なし。
・東京裁判を否定するトーンが強いコラムを掲載。
・共産主義への敵意をむき出し。「共産主義陣営の崩壊によって約七〇年の共産主義の歴史の実験は決着をみた」
・「東アジアには、まだ共産主義の国家、あるいは共産党一党独裁の国家が残っており、この地域も大きな危険を抱えている」
・昭和天皇を紹介するコラム。「お人柄 御名は迪宮裕仁。幼少のころから極めてまじめで誠実なお人柄だった」と教科書には用いない敬語で始まり、終戦の判断について「君主としての強い自覚によってなされた行動だった」と戦争責任を免罪する記述でまとめています。
扶桑社歴史教科書に貫かれているテーマは@日本は天皇中心の国家、A太平洋戦争の免罪と肯定、B反共主義。実態は教科書といえるようなものではなく、極右の旧態依然とした「政治文書」。街宣右翼のテキストや「産経」「諸君」ならいざ知らず、中学生の教材に使用できるシロモノではありません。