2003年10月17日 高知民報


橋本知事の「選挙資金疑惑」なるものについて

                                          弁護士  梶原守光

 9月県議会において自民党議員から、橋本知事の初当選(12年前)時の選挙資金に、建設業者からの裏金が充当されたのではないかとの指摘がなされた。その内容は重大であり、時が知事選直前であることから県民の関心を呼んでいる。以下、私の所見を述べてみたい。

「疑惑」の提起の背景と動機は橋本おろし
―松尾擁立と連動―


 私どもにも早くから松尾高知市長は橋本知事と選挙で争ってまでは知事になるつもりはないが、橋本知事が辞めたら知事を目指すらしい、という話が各方面から伝わってきていた。しかし、橋本知事は辞めそうにないし、知事選への出馬表明もなかなかしないので、その話はもう消えたものと思っていた。
 ところが今年6月ごろから、高知市議会で松尾市長に対し、知事選出馬を促す(或いは出馬の意思確認)議会質問が出るようになり、県議会でも知事と自民党県議の間で一定緊張関係が高まってきたので、前記の噂話はまだ消えていない、底流では依然としてくすぶっているなと感じていた。
 8月頃ある席上で「依光隆夫県議が知事の選挙資金問題を取り上げるらしい」という話を聞き、かつ高知市議会で再度松尾市長に知事選出馬を促す質問が出てきた。これは?と思っていた矢先に、県議会で依光質問が飛び出した。
 その後、マスコミや県議会の審議等を通じて明らかになったことは、国分川の河川敷にかかわる土地問題で、和住工業の横矢忠志氏から県に対し、県民の常識では考えられない内容の、強い要求【註1】が出され橋本知事がそれを拒否したこと。
 拒否された横矢氏が、本件「疑惑」なるものの証拠として出された「笠メモ」の作成者であったこと。笠誠一氏を7月3日東京に訪ね、前記の県との土地のトラブルや入札制度への強い不満を述べ、笠氏は横矢氏に協力することになったことが問題の始まりであり、笠氏は橋本知事の4選出馬をやめさせる目的で7月26日にメモを書いたこと。
 笠氏自身も橋本知事の初回の選挙前後に、業者と深い関係にあるとのうわさが橋本知事の耳にも入り、知事は笠氏に「早く東京に帰ってくれ」といって帰したこと。橋本知事の3期目の選挙の時にも笠氏が高知にやってきたが、橋本知事は笠氏が業界に深入りすることを強く嫌い、選挙事務所から出ていってくれと迫り、笠氏は2、3日で東京に帰ったこと。
 8月14日に笠氏は橋本知事に4期目の出馬をやめるよう要求していること。9月28日にも笠氏は前記の県との間で土地トラブルを起こしている横矢氏、依光県議らと知事を訪ね、出馬辞退を求めているが知事はこれを拒否していること。
 前記業者は7月8日、橋本知事に笠メモらしき書面を見せ、4期目出馬の辞退を求めていること。「疑惑」なるものの根拠は笠氏の言とメモだけで物証は何もないこと。
 県議会に笠氏を参考人聴取して大問題になった10月3日、松尾市長が突如知事選への出馬を表明したこと。松尾氏自身も依光県議や笠氏、横矢氏らと直接会っていたこと等が、明らかになった。
 以上の経過を要約すると次のようになると思われる。

(1)本件「疑惑」なるものの提起の背景・発端は、知事に自らの要求を拒否されて立腹していた和住工業・横矢氏と、同じく知事から、業者と不純な関係をもつことを嫌われ、選挙事務所に出入りすることを拒否され立腹していた笠誠一氏とが意気投合して、橋本知事の4選阻止に動いたこと。そのために笠メモを作ったこと。しかし、橋本四選出馬は阻止できなかった事。

(2)この横矢氏と笠氏の動きに、反橋本色を強めていた自民党県議の一部がのり、県議会で取り上げたこと。


(3)それと並行して、松尾市長に知事選出馬を強く要請した事。

(4)橋本知事自身は、笠氏が業界との関わりを深める事を強く嫌い、笠氏を排除していた事。

【註1】問題の土地は、高知市南久保の卸団地東側の国分川河川堤防周辺。和住工業が97年5月に境界未確定のまま240万円程で購入したものといわれている。県土木部は2年後に、この土地を同社から1億8千万円で買収しようとする誤った方針をとっていた。ところが、和住工業は更にこの土地を、隣接する、より資産的評価の高くなる国有地との交換を要求してきた。その後、昨年6月になって、初めてそのことを土木部から報告を受けた橋本知事は、「川の底を1億8千万円で買う事は県民に説明がつかない。本来の姿にすべきで、業者が訴訟に出ても受けて立つ」と、それまでの土木部の対応を批判して、買収を拒否したものである。

選挙資金「疑惑」と橋本知事を結ぶ証拠はない

 これ程の重大な「疑惑」を、県議会という公式の場で取り上げるにしては、あまりにも証拠薄弱である。あるのは笠氏1人の言動だけで証拠は何もない。
 特に笠氏と業者との関係はあったかも知れないが、知事と業者との関係を示す証拠は何もない。あるのは笠氏が初回の橋本選挙の時に事務局長をかたっていたこと、笠氏の橋本知事に事情を報告していたという言だけである。しかも橋本知事は全面否定している。
 関係当事者の見解が対立している場合は、よほど客観的根拠がしっかりしていなければ、知事の職をおとしめるような重大な内容を、県議会という責任ある場で取り上げるべきではない。いわんや当時の後援会長から1億円を借り、それを裏金で返したというのなら、そこが核心部分であるから後援会長に事前に会って事実関係を確認しておくことは最低限の責任であり、初歩的なルールである。しかしその作業すらしていないようであり、当の後援会長は笠氏の言い分を一定の証拠にもとづき全面否定している。
 しかも笠氏にしても、笠氏と共に事起こしをしたと思われる横矢氏も、橋本知事に反感を持っていた人物であることは容易に推測できることであり、そのような人物だけの言を根拠とすることは極めて危険である。
 問題の核心は、笠氏と業者との間の不純な関係があったかどうかではなく、橋本知事自身がそれに関与していたかどうかである。
 客観的証拠がなく、初歩的な調査確認もないまま、公式の場で取り上げたことは、知事選をめぐる強い思惑が先行したとしか考えられない。
 この問題は知事選の重大な争点になると思われるが、もし橋本知事をめぐる「疑惑」なるもの(笠氏と業者との関係は別)が解明されず、しかもしっかりした根拠がなかったとなれば、問題提起者の責任が逆に問われることになるのではないか。
 
百条特別調査委の条件は整っていない

 地方自治法百条は、議会の調査に国民や関係者に協力義務を課し、協力しない場合は刑罰を科すことになっており、議会にとっては強力な権限であるが、一歩対応を誤れば、国民の人権にかかわることになる。したがって百条委設置は十分な根拠が必要であり、事前に議会として十分な証拠の収集をしなければならない。
 しかし本件ではその努力と成果が殆どないまま多数決で設置が強行された(笠氏と業者との関係については、本人が認めており、その可能性が大きいから別である)。
 しかも肝心の政治資金については、百条委の権限に属するかどうかに問題があり、その点の解明は通常の委員会審議の方が有効である。このままでは知事選をめぐる思惑が先行し、とにかく百条委設置が先にありきの感を免れない。しかし、何れにしても県議会は真相を徹底糾明し、県民にその実態を明らかにする責任がある。

県政浄化のため徹底究明を

 笠誠一氏は業界との間で不純な関係の噂が以前からあった。橋本知事がそのことを非常に嫌って、笠氏の選挙への関与を排除したことを笠氏本人が認めている。
 従って笠氏と業界の関係については可能性が高く、かつ内容的にも重大であるから、業界と県行政のあり方を正常化し、県政浄化のために徹底究明すべきである。
付言

 その後の議会審議で早くも本件「疑惑」の唯一の根拠とされた笠メモの信憑性が揺らいでいる。

(1)笠氏のメモには「知事選挙時の橋本(知事の仮住まいの)マンション代等として、数百万調達をした」と書いてあるが、その点を議会で追及されると、笠氏は思い違いだったと訂正。

(2)笠メモなるものは実は2種類あって、議会に出されたものともう一つのメモは、作成日付は同じなのに、形式も内容も大きくくい違っている。

(3)県議会運営委員会での参考人質疑(10月3日)では次のようなやりとりがなされている。
田頭 「これらを証明する物証はないわけですか?」
笠  「ないですよ」
田頭 「全然ない?」
笠  「ないです」
田頭 「全然ないんですか?」
笠  「ないです、ないです」
田頭 「企業名も明らかでない。確証もない。そういう文書をことさら出して、狙いは知事の首を取ると、知事を辞めらすと。その狙いでこういう文書を出したわけですか?」
笠  「そうですね」

(4)笠氏は裏金を記載していたという裏帳簿の処理について「公邸の方へ全部書類を揃えて持っていき」相談し「選挙事務所の、まだ家が残っていましたから、原っぱで焼き捨てましたよね。」と言っている。しかし、当選した年の知事公邸は改修中であり、橋本氏が入ったのは、翌年3月28日。一方、選挙事務所は12月1日の当選翌日に取り壊し、もとの資材置き場に復元され、3月末などには家などは残っておらず、通常あり得ない事である。